一般投資家が利益を得られない理由
本文章は、シグナル&ノイズ 天才データアナリストの「予測学」(ネイト・シルバー著)の内容を要約しております。
投資家の合理的な行動がバブルを生む
市場参加者の行動には完全な合理性があるということです。
トレーダーやファンドマネージャーは、勤務先や顧客の利益を最大化するよりも、個人の職業上のインセンティブに過剰に反応しているとも言えます。
経済学では、市場参加者の多くが不合理な行動を取ったとしても、市場全体は合理的に機能すると考えられています。
しかし、市場内で不合理な行動が見られるのは、個人が自分のインセンティブに合理的に反応しているためです。
短期的な成績に基づいてトレーダーが評価される限り、株価が長期的な価値から逸脱するバブルは起こり得ます。
実際、避けられないと言った方が適切かもしれません。
集団行動の背後には深い心理的な理由があります。
私たちは重要な決断をする際、家族、同僚、友人、時にはライバルから情報を得たいと考えます。
例えば、ラファエル・ナダルがウィンブルドンで優勝する確率を30%と予測していても、周囲のテニスファンが一致して50%だと言えば、自分の見解を堅持するのは難しくなります。
特に、周囲が持っていると思われる情報や分析に自信がない場合、挑戦的な見方をしても失敗するだけです。
「多数派に従う」というヒューリスティックは一般に有効です。
しかし、時として私たちは周囲を過度に信じ、群衆の動きに追随します。
群衆の知恵が互いの間違いを相殺するのではなく、間違いを強化することもあります。
このような状況では、混乱が生じやすくなります。
盲人が盲人を導くように、群衆は崖から転落する可能性があります。
このような事態はめったに発生しませんが、起こった場合の影響は甚大です。
バンドワゴン効果
また、私たちは自信満々に行動する人の予測を信じがちです。
2008年、突然一人のトレーダーがバラク・オバマの株を大量に売り、ジョン・マケインの株を大量に買い始めました。
この異常な行動は最終的に是正されましたが、価格が元の水準に戻るまでに時間がかかりました。
多くのトレーダーは、このトレーダーが知らない情報を持っていると推測しました。
これが「群れる」という現象です。
そして、市場においてこの傾向は強まっています。
さまざまな市場価格の動きの間に関連性が見られるようになっており、投資家が似たような戦略を利用していることが伺えます。
自信過剰が市場を非合理的にする
情報化時代のリスクの一つは、多くの情報を共有しているために独自性が失われることです。
独自性を追求する代わりに、同じ考えを持つ人を探し、相互に影響を与え合います。
市場では、このような投資家の行動が価格形成に影響を与えることがあります。
経済学の授業で行われる一般的な実験には、瓶に入った小銭の総額を当てさせるものがあります。
この実験では、最も高い金額を提示した生徒がその金額を支払い、瓶の中の小銭を手に入れます。
しかし、通常は小銭の価値を過大評価した生徒が支払いを行い、予測が最も下手な人が勝者となります。
これを「勝者の呪い」と言います。
株式市場においても、似たような現象が見られます。
ある株をどうしても購入したいトレーダーの多くは、自分だけがその会社について独自の見方をしていると考えがちです。
しかし、実際には多くのトレーダーが似たようなデータとモデルを用いて分析しています。
周囲の意見に反して、ある株が過小評価されていると考える人は、しばしば自分の予測能力を過信しています。
このような状況では、実際はノイズに過ぎない情報を重要なシグナルと誤解することがあります。
投資家の抱える認知上のバイアスの中で、自信過剰は特に問題となります。
行動経済学の核心的な発見の一つは、ほとんどの人が予測をする際に自信過剰になるという点です。
株式市場も例外ではありません。
デューク大学の研究では、一般に金融や投資の専門家とされる企業のCFOが、S&P 500の動きを予測する能力を過大評価していることが明らかになりました。
彼らは、自分の予測に反して株価が大きく動くと、一様に動揺する傾向があります。
歴史的に見れば株価は短期的には不規則に動くことが知られています。
カリフォルニア大学バークレー校の経済学者テランス・オーディーンは、この自信過剰という欠点を持つトレーダーを想定したモデルを作成しました。
そのモデルでは、トレーダーはその欠点以外では完全に合理的な判断を行います。
この研究から明らかになったのは、市場の合理性を覆すには自信過剰だけで十分であるということです。
自信満々のトレーダーがいる市場では、取引量が増加し、株価の変動が激しくなり、日々の株価に関して不可解な相関が生じ、平均よりも低いリターンが発生します。
これらはすべて現実の世界で目にすることがある現象です。
金融市場におけるノイズ
理性的でないトレーダーと一流のトレーダーは、ポーカーで強いプレーヤーが利益を上げるためにカモが必要なのと同様、ある種の共生関係にあります。
金融市場における「ノイズ・トレーダー」とは、理性的でないトレーダーのことを指します。
経済学者フィッシャー・ブラックは1986年に「ノイズ」という論文を書き、金融市場ではノイズの存在が取引を成り立たせ、金融資産の価格を認識することを可能にしていると述べました。
しかし、市場を非効率的にするのもまたノイズです。
多くの理論が、ノイズのために検証が困難になっているという現実もあります。
ノイズ・トレーダーのいない世界では、誰もが真の情報、つまりシグナルに基づいて取引を行い、価格は常に合理的で市場は効率的です。
しかし、市場が効率的、つまり他人を出し抜いて利益を得ることができない状態だとすると、取引自体が合理的でなくなってしまいます。
効率的市場仮説は本質的に自滅する要素を含んでいます。
すべての投資家が株式市場を出し抜くことはできないと信じれば、取引する人がいなくなり、市場自体が存在しなくなるというパラドックスがあります。
このパラドックスは、ある経済学者が通りで100ドル札を見つけ、もう1人の経済学者が「もし本物だったら、すでに誰かに拾われたはずだ」と言い、結果として拾わずに通り過ぎるジョークで表現されます。
ノーベル賞を受賞した経済学者ジョセフ・スティグリッツとその同僚サンフォード・グロスマンは、このパラドックスの解決策を提案しています。
それは、一部の投資家が少しでも利益を得ることです。
投入した労力に見合う分だけで十分です。
現実の世界では、それほど難しいことではありません。
ウォール街のアナリストの報酬が年間750億ドルになると聞くと抗議の声が上がるかもしれませんが、ニューヨーク証券取引所で取引される約17兆ドルと比較すれば、大きな金額ではありません。
取引金額の0.5パーセントだけ市場を出し抜くことができれば、会社としては黒字になるのです。
スティグリッツが主張する均衡状態は、一部の投資家だけが利益を得る状況を指します。
これは効率的市場仮説が全面的に正しいとは言えないことを示唆しています。
確かに、市場に勝てないとするファーマの意見を支持する研究も存在しますが、これに対する研究結果は明確ではなく、取引の技術と利益に関して明確な証拠が少ないのが現状です。
ウォール街を出し抜いているのは、一般的なミューチュアルファンドではありません。
彼らは従来の戦略に従って、一緒に浮かんだり沈んだりしているだけです。
しかし、ごく一部のヘッジファンドや大手金融機関の私設取引部門などは市場に勝っている可能性があります。
株価がどれくらい動くかについての確率的な見積もりに賭けるオプション・トレーダーの中にも、有効な技術を持つ人々がいることが指摘されています。
結果として、ほとんどの個人投資家が平均未満の利回りしか記録できないのに対し、選り抜きの一握りの人たちだけが市場で勝っているという現実があります。
これは、効率的市場仮説の限界を示唆するものであり、市場で成功するためには単なる情報だけでなく、特定の技術や戦略が必要であることを示しています。
市場は複雑で予測不可能な要素が多く含まれており、全ての投資家が均等に利益を得るわけではないという現実を受け入れる必要があります。